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NO.072OTセキュリティ / ランサムウェア

工場のOTセキュリティとランサムウェア ― ラインが止まる前に、品質記録をどう守るか

製造業を狙ったランサムウェア被害でラインが止まる事例が相次いでいます。ITとOTの違い、なぜ工場が狙われるのか、主な侵入経路、経済産業省の工場セキュリティガイドラインやIEC 62443といった拠りどころ、そして見落とされがちな「品質記録が使えなくなると出荷判断ができなくなる」という論点までを整理します。

公開QUALIKEEP 編集部
OTセキュリティランサムウェアBCP製造業リスク管理

この記事の要点SUMMARY

  • 工場を止めた事例は実際に複数あり、自社が直接狙われなくても取引先経由で影響が及ぶ
  • OTは可用性が最優先で、サポートの切れた機器が現役という構造があり、IT側の常識がそのまま通じない
  • 見落とされやすいのは「品質記録が参照できないと、たとえ設備が動いても出荷の可否を判断できない」という点

「うちは工場だから、狙われるようなデータは持っていない」——かつてはそう考えられていました。しかし実際に起きているのは、データを盗まれることより、ラインが止まることです。2022年には、ある自動車部品メーカーがランサムウェアの被害を受け、その影響で完成車メーカーの国内全工場が稼働を停止しました。自社が直接狙われなくても、取引先を経由して自社が止まる——それが現在の姿です。

ITとOTは前提が違う

工場のセキュリティを考えるとき、最初に押さえるべきはOT(Operational Technology:生産設備側の技術)とIT(情報システム)では優先順位が逆だということです。

IT(情報システム)OT(工場の設備)
最優先事項機密性(情報を漏らさない)可用性(止めない)
停止の影響業務が滞る生産が止まる。製品や設備が損傷することもある
更新・パッチ定期的に適用する前提検証が必要で、簡単には当てられない
機器の寿命数年で更新10年〜20年以上使うことがある
OS・ソフトサポート内のものを使うサポート終了後のOSが現役で動いていることがある
再起動夜間などに実施できる生産中は止められない
管理する部署情報システム部門生産技術・設備保全部門

「パッチを当てればいい」「古いOSは入れ替えればいい」——IT側の常識をそのまま持ち込むと、現場と衝突します。設備は簡単には止められず、更新には検証が要り、そもそもメーカーが対応していないこともあるからです。この非対称を理解しないまま対策を進めると、現場に受け入れられません。

なぜ工場が狙われるのか

攻撃側から見ると、工場には「止まると困る度合いが極端に高い」という特徴があります。生産が止まれば1日あたりの損失が大きく、しかも納期は待ってくれません。だからこそ、身代金を要求する相手として選ばれます。

工場側の事情攻撃側にとっての意味
止まると損失が大きい交渉に応じる可能性が高いと見なされる
サポート切れの機器が動いている既知の弱点が放置されている
ネットワークが平坦一箇所入られると横に広がりやすい
保守のため外部接続が増えた入口が増えている
セキュリティ担当が薄い検知・対応が遅れる
サプライチェーンが多層守りの薄い下位の企業から入られる

主な侵入経路

リモート保守の経路

設備メーカーの遠隔保守用回線、VPN機器の弱点

持ち込み端末・USB

保守業者のノートPC、プログラム更新用のUSBメモリ

事務系ネットワークからの侵入

メール経由で事務側が感染し、つながっている工場側へ広がる

取引先経由

自社は無事でも、部品が届かず生産できない

工場に直接届く入口は、意外と身近なところにある

最後の「取引先経由」は、自社でいくら対策しても防げないという点で厄介です。冒頭の事例がまさにこれで、完成車メーカー自身が攻撃されたわけではありませんでした。

拠りどころになる指針

指針・規格性格使いどころ
経済産業省 工場セキュリティガイドライン国内向けの実務指針何から手を付けるかの整理。国内で最初に参照しやすい
IEC 62443産業用制御システムのセキュリティ国際規格設備メーカー・システム構築側との共通言語。要求が体系的
NIST関連の文書米国発の枠組みグローバル展開時の参照。取引先から求められることがある
IPA「情報セキュリティ10大脅威」年次の傾向まとめ社内説明の材料。何が実際に起きているかの把握

いずれも共通して言っているのは、「資産を把握する」「ネットワークを分ける」「入口を絞る」「検知できるようにする」「復旧できるようにする」という基本です。目新しい話ではありませんが、工場ではこの基本のうち最初の「資産の把握」——どこにどんな機器があり、何とつながっているか——ができていないことが少なくありません。

見落とされやすい論点 ― 記録が使えないと出荷できない

ここからが、この記事で最もお伝えしたい部分です。ランサムウェアの被害というと「ラインが止まる」ことに関心が集まりますが、品質保証の観点ではもう一つ深刻な事態が起きます。

設備が動いても、記録が参照できなければ出荷の判断ができない、という状況です。

止まったもの起きること出荷への影響
生産設備製造できない在庫を出すしかない
品質記録のシステム過去の記録が参照できないすでに作った製品の可否を判断できない
トレーサビリティのデータどのロットに何を使ったか分からない問題発生時に範囲を絞れない
受入・在庫のデータ手元の材料の期限・状態が分からない再開しても、その材料を使ってよいか判断できない
出荷指示・伝票何をどこへ送るか分からない物流が止まる

3行目と4行目が、意外と語られません。復旧して設備が動くようになっても、「この材料は期限内か」「どのロットを使ったか」が分からなければ、製造を再開できないのです。とくに期限管理が必要な材料を扱っている現場では、これが直接的な制約になります。

目の前の材料を、使うか捨てるか

この状況で現場が直面するのは、単純ですが答えの出しにくい判断です。倉庫にある材料を、使ってよいのか

受入日も、開封日も、使用期限も、記録は暗号化されたサーバーの中です。現物のラベルには製造ロットしか書かれていないことも珍しくありません。ここで選べる道は2つしかなく、どちらにも代償があります。

判断起きることリスク
廃棄する安全側に倒す。在庫を捨てて仕入れ直す損失が出る。調達に時間がかかれば、生産再開はさらに遅れる
使う期限内だろうという推定で製造を再開する根拠のない判断で製造したことになる。後日の監査で問題化し、その期間の製品全体が疑われる
判断を保留する記録の復旧を待つ復旧に数週間かかれば、その間ずっと止まる

注意したいのは、2行目がその場では成立してしまうことです。おそらく期限内だし、見た目にも問題ない——だから使う。ところが品質保証の観点では、これは「根拠を示せない製造」です。後になって「なぜこの材料を使ってよいと判断したのか」を問われたとき、答えられません。

サイバー攻撃の被害が、数か月後の監査で品質問題として顔を出す——という遅れて効いてくる形の損害が、ここにあります。

復旧後にまとめて書いた記録は、記録として弱い

もう一つ、復旧局面で起きやすいのが記録の後追い作成です。止まっている間の作業を、復旧後に思い出しながら入力する。悪意はなく、むしろ真面目に穴を埋めようとした結果です。

ただ、これは記録の性質としては弱いものになります。作業したその時に作られていないため、同時性を欠きます。監査で「この期間の記録はいつ作成されましたか」と聞かれれば、正直に答えるしかありません。やむを得ない事情があったこと自体は説明できますが、記録の格が変わることは避けられません(「ALCOA+とは」)。

だからこそ、復旧計画には「止まっている間、何をどう記録するか」まで含めておく価値があります。紙に書くなら、その様式と、記入時刻を残す方法と、復旧後にどうデータへ戻すかまで。事後に埋めるのではなく、その場で残す代替手段を用意しておくという考え方です。

「紙に戻れるか」を考えたことがあるか

システムが止まったとき、多くの工場は紙の運用に切り替えます。ところが、長年システムで運用してきた現場では「紙の様式が存在しない」「誰も紙のやり方を知らない」ことがあります。復旧計画を立てるときは、切り替え先の運用が実在するか、そして復旧後にその紙の記録をどうデータへ戻すかまで決めておく必要があります。

記録の観点で備えておきたいこと

① どこに何の記録があるか把握する

紙・Excel・システム・個人PC。散らばっているほど復旧は難しい

② 保管場所を分ける

同じネットワーク上にしかバックアップがなければ、一緒に暗号化される

③ 復元できるか実際に試す

バックアップは「取れている」ではなく「戻せる」ことを確認する

④ 止まったときの代替運用を決める

紙の様式、判断の権限、復旧後のデータ化まで

記録は「守る」だけでなく「取り出せる」ことまで含めて設計する

②は特に重要です。ランサムウェアはバックアップも狙います。工場内の同じネットワークにあるバックアップサーバは、本体と一緒に暗号化されると考えたほうが安全です。保管場所や接続方法を分けておく必要があります。

ISO 9001・ALCOA+との接続

この話は、実は品質規格が以前から求めていることと重なります。ISO 9001の箇条7.5(文書化した情報)は、記録の保護利用可能性を求めています。ALCOA+でいえば、Enduring(永続性)とAvailable(利用可能性)です。

つまり、「必要なときに取り出せる」という要求は、セキュリティの都合ではなく品質保証の要求として最初から存在していたわけです(「ALCOA+とは」「監査対応と改ざん検証」)。

ALCOA+の性質平時の意味ランサムウェア被害時に起きること
Available(利用可能)必要なときに取り出せる暗号化されて取り出せない
Enduring(永続的)保存期間中、失われない復旧できなければ失われる
Contemporaneous(同時性)作業のその時に記録する復旧後の後追い記入で崩れる
Original(原本性)一次記録である記憶からの再構成になる
Complete(完全)欠落がない止まっていた期間が空白になる

この対応関係が示しているのは、サイバー攻撃への備えと、記録の信頼性への備えは、実はかなりの部分が同じ作業だということです。「取り出せること」「失われないこと」を確保する取り組みは、セキュリティ予算として説明することも、品質保証の要求として説明することもできます。社内で予算を取る際には、後者のほうが通りやすい場面もあるはずです。

よくある誤解

  • 「うちは狙われるほど大きくない」:規模ではなく、入りやすさと止まると困る度合いで狙われます。むしろ守りの薄い中小が入口にされます
  • 「工場はネットにつながっていないから安全」:完全に切り離せている工場は稀です。保守回線、USB、持ち込み端末が経路になります
  • 「バックアップを取っているから大丈夫」:同じネットワーク上にあれば一緒に暗号化されます。戻せることを試していない場合も多くあります
  • 「復旧すれば元通り」:設備が動いても、材料の状態や過去の記録が分からなければ製造を再開できません
  • 「セキュリティはIT部門の仕事」:OTは生産技術・保全の領域です。IT部門だけでは設備の事情が分かりません

まとめ

  • 製造業を狙った攻撃で実際に工場が止まった事例があり、取引先経由の影響も現実に起きている
  • OTは可用性が最優先で、更新しにくく寿命が長いという構造があり、ITの常識がそのまま通じない
  • 侵入経路は保守回線・持ち込み端末・事務系ネットワーク・取引先など、身近なところにある
  • 経産省の工場セキュリティガイドラインやIEC 62443が拠りどころになる
  • 見落とされやすいのは「記録が参照できないと出荷判断も製造再開もできない」という点。記録の保護と取り出せることは品質規格が元々求めている
  • 目の前の材料を使うか捨てるかの判断を迫られる。推定で使えば、根拠を示せない製造として後日の監査で問題になる
  • 復旧後にまとめて書いた記録は同時性を欠く。止まっている間の代替の記録手段まで決めておく価値がある
  • ALCOA+のAvailable・Enduringは、そのままサイバー攻撃への備えと重なる。品質保証の要求として社内説明ができる

この分野を扱うなら ― QUALIKEEP でできること

最初にはっきりさせておきます。QUALIKEEP はセキュリティ製品ではありません。工場のOT機器を守る機能はなく、ネットワークの分離や監視、ランサムウェア対策を提供するものでもありません。この分野の対策は、専門のベンダーと情報システム・生産技術部門の領域です。

そのうえで、記録の観点から一点だけ触れておきます。QUALIKEEP はクラウド上で動くサービスで、原材料の受入・開封・期限・ロットの記録はサーバー側に保持されます。工場内のサーバやPCとは別の場所にあるため、工場内の機器が使えなくなった場合でも、ネットワークとスマートフォンがあれば記録の参照は続けられます。復旧後に「どの材料が期限内か」「どのロットを使ったか」を確認する材料にはなります。

ただし、これを過大に受け取らないでください。以下は率直な限界です。

論点実際のところ
回線が止まったらインターネットに接続できなければ利用できません。工場全体の通信が遮断された場合は参照できません
クラウドなら安全かクラウドにもリスクはあります。「別の場所にある」ことは分散になりますが、無敵という意味ではありません
BCPの代替になるかなりません。記録の一部が別の場所にあるというだけで、事業継続計画そのものは別途必要です
OTを守れるか守れません。設備・制御系のセキュリティ対策は完全に対象外です
対象範囲原材料まわりの記録に限られます。工程データ・検査結果・図面などは扱いません

つまり、「記録の置き場所が工場内だけに閉じていない」ことが、結果として復旧時に助けになりうる——という程度の話です。セキュリティ対策としてではなく、日常の記録手段を見直した結果として、置き場所が分散するとお考えください。

記録の置き場所、工場内のPCだけになっていませんか。

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ご注意

本記事は公開情報をもとにした一般的な解説であり、個別のセキュリティ対策を推奨・保証するものではありません。攻撃の手口や推奨される対策は日々変化します。実際の対策の検討にあたっては、経済産業省・IPA等の最新情報を参照し、専門のベンダーや有識者にご相談ください。

参考・出典

  1. 経済産業省「工場システムにおけるサイバー・フィジカル・セキュリティ対策ガイドライン」
  2. IPA(情報処理推進機構)「情報セキュリティ10大脅威」

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