この記事の要点SUMMARY
- chemSHERPAは製品に含まれる化学物質の情報を、サプライチェーンで共通の形式で伝えるための仕組み
- 成形品向けのAIと化学品向けのCIがあり、対象物質リストはRoHS・REACH SVHC・IEC 62474などを束ねたもの
- 回答する側の負担は「調べること」より「どのロットの情報かを特定すること」に集中する
部品や材料を供給している会社なら、一度は経験があるはずです。「chemSHERPAで回答をお願いします」という依頼が、複数の取引先から、しかも定期的に届く。担当者が片手間で対応しきれず、実質的な専任者が生まれている——そんな現場も珍しくありません。この記事では、この仕組みが何のためにあり、なぜ負担が重くなるのかを整理します。
なぜ含有化学物質を聞かれるのか
出発点は、製品に含まれる特定の化学物質を規制する法令です。代表的なものが、EUのRoHS指令(電気電子機器の特定有害物質の使用制限)とREACH規則(化学物質の登録・評価・認可・制限)です。
ここで問題になるのが、完成品メーカーは自分の製品に何が入っているか分からないという構造です。部品を買い、その部品はさらに下位の部品でできています。規制物質が含まれていないことを示すには、鎖を遡って情報を集めるしかありません。
完成品メーカー
EU等へ出荷するために、規制物質の不含有を示す必要がある
一次サプライヤーへ調査依頼
「この部品の含有情報をください」
二次・三次サプライヤーへ
同じ依頼が下へ流れていく
素材メーカー
ここまで遡って、ようやく成分の情報が確定する
各社がバラバラの様式で聞けば、同じ内容を何十通りもの書式で書かされることになります。これを解消するために作られた共通の仕組みが chemSHERPA です。
chemSHERPAの位置づけ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 始まり | 経済産業省の支援のもと2015年に運用開始。以降、JAMP(アーティクルマネジメント推進協議会)が運営 |
| 目的 | サプライチェーン全体で、製品含有化学物質の情報を共通の形式で伝える |
| データ形式 | 電気・電子機器の含有化学物質情報伝達の国際規格 IEC 62474 のXMLスキーマを採用 |
| 対象物質リスト | RoHS、REACH SVHC、ELV、IEC 62474、GADSL などの和集合として整備 |
| 改訂 | ECHAによるSVHC追加やIEC 62474のデータベース更新に合わせて定期的に改訂 |
| 費用 | ツール自体は無償で提供される |
法令そのものではありません
chemSHERPAは法規制ではなく、情報を伝えるための共通の仕組みです。ただし取引条件として求められるため、実務上は「対応しないと取引が続かない」という性格を持ちます。制度としての強制力ではなく、商流としての強制力がある、という理解が実態に近いでしょう。
AI と CI ― 2つの様式
chemSHERPAには扱う対象によって2つの様式があります。混同されやすいので整理します。
| chemSHERPA-AI | chemSHERPA-CI | |
|---|---|---|
| 対象 | 成形品(Article) | 化学品(Chemical Product) |
| 例 | ネジ、基板、樹脂成形部品、完成品 | 接着剤、塗料、洗浄剤、インク |
| 伝える内容 | 構成部材ごとの含有物質と含有率、遵法判定 | 成分組成、含有物質の情報 |
| どちらを使うか | 形が決まっていて、そのまま組み込まれるもの | 液体・粉体など、使うことで形が変わるもの |
判断に迷うのは、たとえば「接着剤を塗って硬化させた部品」のようなケースです。部品として出荷するならAI、接着剤そのものを出荷するならCI、というのが基本の考え方になります。
出荷するものは、形が決まっているか?
ネジ、基板、成形部品、組み立てた完成品
はい → chemSHERPA-AI
成形品として、構成部材ごとの含有情報を伝える
いいえ(液体・粉体・ペースト)→ chemSHERPA-CI
化学品として、成分の情報を伝える
SVHCが追加されるたびに何が起きるか
chemSHERPAの対象物質リストは固定ではありません。とくにREACH規則のSVHC(高懸念物質)は、欧州化学品庁(ECHA)によって定期的に追加されます。追加のたびに、サプライチェーン全体で同じ動きが発生します。
ECHAがSVHCを追加
新しい物質が候補リストに載る
完成品メーカーが影響を確認
「自社製品にこの物質は入っているか」
**サプライヤーへ緊急の調査依頼**
「貴社から納入された部品について、新規追加物質の含有有無を回答してください」
回答する側
**現在の仕様だけでなく、過去に納めた分についても聞かれることがある**
ここで効いてくるのが、過去の記録です。「現在の材料には含まれていません」だけでは足りず、「いつからその材料を使っているか」「それ以前は何を使っていたか」まで答えられて初めて、過去の納入分についても回答できます。
| 回答に必要な情報 | 整っている場合 | 整っていない場合 |
|---|---|---|
| 現在の材料の含有情報 | サプライヤーからの回答をそのまま使える | 同左(ここは差が出にくい) |
| いつから使っているか | 受入記録から特定できる | 担当者の記憶や発注履歴から推測することになる |
| それ以前は何を使っていたか | 過去の受入記録で分かる | 分からない、または調査に数日かかる |
| 切替時期の混在 | 在庫の使用順から追える | 混在期間の特定ができない |
| 回答までの時間 | 短時間 | 数日〜数週間 |
回答が遅いこと自体が評価される
含有化学物質調査では、回答内容の正しさに加えて「どれくらいで返ってくるか」も見られています。同じ内容でも、即座に返せる会社と数週間かかる会社では、供給者としての評価が変わります。管理体制の成熟度を示す指標として見られている、という側面があります。
回答する側の本当の負担
chemSHERPAの説明はここまでですが、実務の重さはここからです。回答作業でどこに時間が消えるのかを見てみましょう。
| 作業 | 見た目の負担 | 実際の負担 |
|---|---|---|
| ツールの操作 | 慣れれば軽い | 軽い |
| 自社製品の構成の把握 | 中 | 部材表が整っていないと重い |
| 下位サプライヤーへの依頼と催促 | 軽そうに見える | 最も重い。返ってこない、様式が違う、担当者が不在 |
| どのロット・どの版の情報かの特定 | 見落とされがち | 重い。材料を変えていた場合、いつから変わったかが分からない |
| 対象物質リスト改訂への追随 | 中 | 改訂のたびに再確認が必要 |
| 回答内容の妥当性確認 | 中 | 受け取った情報が正しいかは、結局は相手を信じるしかない部分がある |
注目してほしいのは4行目です。「どのロットの話か」が特定できないと、回答の根拠が揺らぎます。
材料を切り替えたとき、境目が分からない
具体的な場面で考えてみます。ある部品の材料を、供給元Aから供給元Bへ切り替えたとします。両社の材料で含有物質の情報が違っていた場合、次の問いに答えられるでしょうか。
- いつからBの材料を使い始めたか
- その日以前に出荷した製品には、どちらの材料が入っているか
- 切り替えの時期に、Aの在庫が残っていて混在した期間はなかったか
- 顧客から「◯月に納入した分の情報」を求められたとき、どちらを回答すべきか
これらは含有化学物質の知識ではなく、受入と使用の記録の問題です。受入台帳が紙で、投入記録が日報にしかない状態だと、境目を再現するのに大変な手間がかかります。
調査回答は「過去」を聞かれる
含有化学物質調査でしばしば見落とされるのが、質問が現在ではなく過去に向くことです。「今の仕様」ではなく「あのとき納めた製品」について聞かれます。現時点の部材表だけでは答えられず、いつからいつまで何を使っていたかの記録が要ります。
他の情報伝達の仕組みとの関係
| 仕組み | 扱うもの | chemSHERPAとの関係 |
|---|---|---|
| IMDS | 主に自動車業界の材料データ | 自動車のサプライチェーンではこちらが求められることが多い |
| SCIP | EUの成形品中のSVHCに関するデータベース | 届出が必要な場合がある。chemSHERPAの情報が元になりうる |
| DPP | 製品情報全般の開示 | 含有物質はDPPが扱う情報の一部(「デジタル製品パスポートとは」) |
| Catena-X / ウラノス | サプライチェーンのデータ連携基盤 | 情報を運ぶ仕組みそのもの(「Catena-Xとは」) |
業界によって求められる様式が違うため、同じ内容を複数の形式で用意している企業も少なくありません。ここでも、元になるデータが整理されているかどうかで負担が変わります。
よくある誤解
- 「chemSHERPAは法規制」:法令ではなく情報伝達の仕組みです。ただし取引条件として実質的に必須になります
- 「一度回答すれば終わり」:対象物質リストは改訂されます。材料や工程を変えたときも更新が必要です
- 「不含有証明書を出せば代わりになる」:求められている様式で回答できなければ、受け取る側の作業が増えます
- 「AIとCIはどちらでもよい」:成形品か化学品かで使い分けます
- 「調査は化学の知識の問題」:実務の大半は、部材構成と使用ロットの記録という管理の問題です
まとめ
- chemSHERPAは、製品に含まれる化学物質の情報をサプライチェーンで共通の形式で伝える仕組み
- JAMPが運営し、IEC 62474のXMLスキーマを採用。対象物質はRoHS・REACH SVHC等を束ねたもの
- 成形品向けのAIと化学品向けのCIがある
- 負担が集中するのは下位サプライヤーへの依頼と、「どのロットの情報か」の特定
- 調査は過去について聞かれる。現在の部材表だけでは答えられない
- SVHCが追加されるたびに、過去の納入分まで遡って聞かれる。回答の速さ自体も評価される
この分野を扱うなら ― QUALIKEEP でできること
正直にお伝えすると、QUALIKEEP は chemSHERPA のデータを作成・変換するツールではなく、含有化学物質の遵法判定を行うものでもありません。QUALIKEEP が関われるのは、回答の根拠になる「いつ、どの材料ロットを使ったか」の記録という部分だけです。
| 領域 | QUALIKEEP が担える範囲 | 対象外(他の仕組みで扱う領域) |
|---|---|---|
| 材料の使用履歴 | 受入・使用したロットと日付の記録。材料切替の境目を後から辿れる | —— |
| 受入時の書類 | 受入検査やCoAと紐づけた記録(「受入検査とCoA」) | —— |
| chemSHERPAデータの作成 | (該当なし) | AI/CIファイルの作成・読み込み・変換・提出は対象外。JAMPが提供する公式ツールで行う作業です |
| 含有物質の判定 | (該当なし) | 遵法判定、閾値の判断は行いません。CAS番号やSVHCリストとの照合機能もありません |
| 法令データベースとの連携 | (該当なし) | REACH SVHC・RoHS等の対象物質リストは保持していません。ECHAの更新やIEC 62474の改訂に自動で追随する仕組みもありません |
| 様式のバージョン追随 | (該当なし) | chemSHERPAのフォーマット改訂への対応・変換は対象外です |
| 部材構成(BOM)の管理 | (該当なし) | 製品構成表の管理はPLM/基幹システムの領域 |
| 分析・試験 | (該当なし) | 成分分析、蛍光X線などの測定は分析機関・測定器の領域 |
つまり、「◯月に納めた製品にどちらの材料が入っていたか」を再現するための、足元の記録を用意する道具です。調査回答そのものは、専用ツールと担当者の作業になります。
ご注意
本記事は公開情報をもとにした一般的な解説です。chemSHERPAの運用ルール、対象物質リスト、関連する法規制は改訂されます。実際の対応にあたっては、JAMPの公式情報および取引先の要求事項を必ずご確認ください。遵法判断は専門家にご相談ください。
参考・出典
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